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司法が独立している意味

 

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この週末、トルコでのクーデター未遂が大きなニュースとなりました。この事件の背景については諸説あるようですが、多くの市民の犠牲を伴う事態に発展したことには心が痛みます。

さて、このクーデター未遂事件後の動きの中で、気になるニュースを耳にしました。政府が反乱勢力の拘束に躍起になる中で、裁判官2745人の職権を一時停止した、というのです。これはどういうことなのでしょうか。

日本国憲法では、司法の独立についての規定が設けられていますが、司法の独立には2つの意味があると言われています。1つは、司法権が他の政治部門(立法や行政部門)から独立しているということ、もう1つは、司法を担う個々の裁判官の職権行使が独立しているということです。

憲法の規定を見てみましょう。

第76条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

他にも、最高裁判所の規則制定権(77条)や、裁判官の身分保障(78~80条)といった規定も司法の独立に関する規定と言えます。

日本国憲法において、司法権はすべて裁判所に集中しています。裁判官が、憲法と法律だけに拘束され、自らの良心に従って独立して裁判を行うことができるということは、時の為政者によって、都合のいい判断をするように仕向けられることはない、仮にそういう事態に直面しても、不当な要求を断固拒否して、法に従った裁判をすることができる、ということです。

裁判所だって国家権力の1つなのだから、時の政治部門が示す「正義」に従うべきだ、という考えは、日本国憲法では認められません。否、これは日本国憲法に限った話ではなく、いわゆる三権分立を原則とする憲法に共通する考え方です。そして、この司法の独立が確保されていなければ、憲法に基づく法の支配を貫くことはできません。

たかが司法の独立と侮るなかれ。
事は憲法の根本にかかわる問題なのです。

トルコの情勢ですが、報じられているところによると、政府当局としては、拘束した反乱勢力の裁判を行うに際に、裁判官が法に従った裁判をされては困る、法には目をつぶってバンバン極刑を下してほしいと考えているのではないか、そのために大量の裁判官の職権停止を強行したのではないか、という見方があるようです。

考えさせられますね。
これって、緊急事態条項の司法版ですよ。
法の支配ではなく、人の支配。

アジアの遙か反対側の出来事と思わずに、他山の石とすべき事態ではないかと思うのです。

 - 第6章 司法 ,

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