学問の自由を保障する意味
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日本国憲法第23条は、学問の自由について、次のようなごく簡単な規定となっています。
学問の自由は、これを保障する。
学問の自由を憲法で定めるのは、必ずしも一般的ではないそうです。
早くから自由権や人権についての思想が根付いた国々では、思想の自由や表現の自由の一環として、学問の自由は当然に保障されるものと考えられていた(いる)からだそうで、たとえ憲法に具体的な規定がなくても、学問の自由は近代国家に共通して認められる人権と言えるでしょう。
少し話題がそれますが、東京都立大学(前・首都大学東京)の木村草太教授(憲法学)によると、憲法とは「過去に国家がしでかしてきた失敗リスト」なのだそうです。
また別のところでは、その「失敗を繰り返さないための『貼り紙』」なのだとも言われています。
憲法のすべてを言い尽くした説明ではありませんが、とても分かりやすい理解の仕方だと思います。
国家というものは、その構成員である市民・国民が幸せに生きるために生み出されたものであった(少なくとも、そうであるべきもの)にもかかわらず、国家が出来上がって以来、国家権力は時として個人の基本的な権利=人権を脅かし、市民・国民に不幸をもたらしてきた。あるときは個人の思想や信仰を取締りの対象とし、自らの考えを広めたり、同じ考えの者が集団になることを禁止したり、権力に逆らう者は牢獄に入れて奴隷労働につかせたり。
この本末転倒な事態は、いわば国家がしでかした失敗であり、二度とこのようなことをさせないために、憲法に思想良心の自由、表現の自由、結社の自由、奴隷的拘束及び苦役の禁止といった規定があるのだと。
このような、国家に対する「禁止リスト」としての自由権の他に、社会権という概念もあるのですが、今回は「学問の自由」のお話なので、それは別の機会にしましょう。
さて、学問の自由です。
学問の自由は、明治憲法では明文の規定がありませんでした。もちろん規定がないからといって、学問の自由がなかったかと言えばそんなことはなかったのですが、1933(昭和8)年の瀧川事件(京都帝国大学法学部の瀧川幸辰教授に対する思想弾圧事件)や1935(昭和10)年の天皇機関説事件(東京帝国大学の美濃部達吉名誉教授に対する弾圧事件)など、学問研究に対する政府の干渉が激しくなったのです。
そもそも、学問とは個人の営みのように見えて、その実は人類共通の財産でもあります。学問の進歩がなければ人類の進歩はなかったとさえ言えるでしょう。
しかし、学問が求める真理の追究と、国家権力の求める成果とは必ずしも一致しませんし、あえて言うならば学問は民主主義的なものでさえありません。たとえば自然界の原理が、議会や政府の都合で左右されては困ります。
「それでも地球は動く」(ガリレオ・ガリレイ)のです。
これを学問の自由として保障し、かつてのような政府の干渉や弾圧から保護することは、日本国憲法にとって重要な課題であったわけです。
学問の自由もまた木村教授の言う失敗リストのひとつということですね。
なお短い憲法23条の規定には、「大学の自治」も含まれていると解釈されています。
学問が決して個人の営みにとどまらないということから考えれば分かります。
そのように考えると、最近ニュースを賑わせている日本学術会議の新会員任命拒否問題が、学問の自由に深く関わる問題であることが分かると思います。
学問を政治勢力のコントロール下に置こうとする考えは、ある意味では人類の進歩に対する挑戦でもあるとさえ言えるわけです。
税金が投入されているから、という言い訳を免罪符にしてはいけません。
木村教授は、憲法を、過去に国家がしでかした失敗を繰り返さないための貼り紙にたとえたわけですが、貼り紙はしばしば無視されます。
学校に「廊下を走るな」という貼り紙が出ると、最初はみんな気を付けて静かに歩くかも知れません。
しかし、そのうち貼り紙が風景の一部になってしまい、駆け出す人が出てくるようになる。
「急いでいたから」という言い訳が日常になり、やがて貼り紙も古びてはがれてしまうことも。
ただの貼り紙にとどまらず、過去の人権侵害の記憶が「免疫」となって、新たな侵害を排斥できるように、免疫機能は常に活性化されている必要があります。
そこでひとつ新説を。
憲法は過去の失敗に対するワクチンである。
タイミングよく上手に使わないといけません。
使い方を間違えると副作用もあります。
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