こころは自由だ
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「人間は考える葦である」
フランスの哲学者パスカルの言葉として知られています。
「我思う、ゆえに我あり」
これはまたフランスの哲学者デカルトの言葉として知られています。
考えること。
それは人間の本質的な要素と言えるでしょう。
ものを考えることは人間だけに与えられた能力ではありませんが、ものを考える能力に関しては、人間という種(しゅ)が他の生物に比較して突出しています。
ホモ・サピエンス(Homo sapiens)とは、「知恵を持つ人間」という意味で、「考えること」に通じるものです。
すべての人が「個人として尊重される」(13条)憲法にあって、「考えること」が保障されるのは当然のことです。
日本国憲法19条には、このように規定されています。
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
心の中の問題、それは言いかえれば、考えること、です。
何を思い、何を考え、何を喜び、何を愛し、何を尊び、何を怒り、何を悲しみ、何を憎むのか。
それは全く自由なのです。
この心の中の自由なしに、個人の尊重は考えられません。
自由民主党改憲草案にいう「人としての尊重」すら損なわれます。
他方で、心の中の自由を侵害する方法はいくつもあります。
たとえば「踏み絵」。
隠れキリシタンを弾圧するために行われたそれだけでなく、異端者をあぶり出すための思想テストを総称するものです。団結の象徴としての旗や歌に敬意を示すかどうかを監視するのもそうです。
たとえば危険分子の取締り。
けしからん(と当局が思う)思想を持った人間を「犯罪者」として取り締まることは「効果的」です。なにも直接取り締まる必要はありません。ご近所に制服の警察官が赴いて、「あちらのご主人の日頃のご様子をご存知ですか?」と聞いて回るだけでも、効果てき面です。
たとえば差別取扱い。
特定の思想を持った人間が損をするように仕向ける。就職、昇進、子どもの受験、その場面はいろいろありそうです。
たとえば教育。
先生に教わるとおりに考え、周りの皆と違う考えを持たないようにし、世間の空気を敏感に読み取ることを覚えさせる。それが教科書に書いてあれば、先生も従います。
余計なことを考えるな。
人からけむたがられるような考えを持つな。
疑いを持つより素直な人間になれ。
70年前の今日施行された日本国憲法が想定する人間像は、これとは正反対のものなのですが、みなさんは心の自由を満喫できていますか。
壁に向かって9年間座禅修行をしたという達磨さんとにらめっこして自問したいと思います。
そう、ダルマはサンスクリット語で「法」ですから。
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